私の趣味の1つは、絵画鑑賞です。今回は、上野の東京都美術館で開催されたクリムト展について書きました。クリムトは、人物画に金箔や幾何学模様などを組み合わせた独特の画風で有名です。その装飾的な絵は、作品によって官能的だったり不気味だったり、見る人に強烈な印象を残します。今回、作品を特徴付ける要素を次の5つの項目にまとめてみました。
クリムトには、圧倒的な絵の技術力と表現力があります。まず、上の写真右の『ヘレーネ・クリムトの肖像画』では、あどけない表情や肌、髪の毛まで見事な筆さばきです。他の作品では『死の床の老人』、『亡き息子オーットー・ツィマーマンの肖像』の絵のタッチに驚かされました。こんなにも写実的な描写力があるからこそ、作品にリアル感を出せるのだ、と納得しました。どちらの絵も、クリムトの特徴である装飾も動きも色味もほとんど無い絵です。しかし、死の世界に近付いている人の持つ質感や雰囲気や、その場の空気感までも忠実に再現されています。
会場では、彼の持ち物だった日本美術史、文様のデザイン集、春画、小物などが展示されていました。彼の作品を丁寧に見ていくと、構図の取り方、額縁、背景、幾何学模様など日本文化の強い影響が見受けられます。特徴的な金箔も琳派からの影響です。ウィーンと日本の2つの文化が融合したクリムトの作品からは、遠く離れた日本への憧れや尊敬が感じられます。クリムトが日本文化と出会わなければ、作風は確実に違っていたことでしょう。私が訪れた日は平日でしたが、クリムト展は沢山の人で混雑していました。クリムトの絵が日本で人気が高い理由は、私達が、絵の中の日本的要素を無意識に感じ取っているからかもしれません。
写真では、クリムトは長いスモックを着ていて、髭や髪は伸び放題で清潔感から程遠い変わり者の雰囲気です。そんな外見なのに、アトリエの若く美しいモデル達や肖像画の依頼人の妻など、多くの女性達と関係を持っていました。以前の私は、クリムトは女好き、と決め付けていましたが、今回、彼の作品を見ていくうちに考えが変わりました。クリムトが色々な女性と親密な関係になったからこそ、リアルな表情を間近で観察出来て作品に生かせたのでしょう。 上の写真の左側の「ユディトⅠ」(部分)は、男の生首を手に持つ怖い絵ですが、その表情は官能的です。 社交的で温厚な性格だったというクリムトの素顔は、チャーミングな職人気質の男性だったのではないでしょうか。
クリムト展で特に印象的だった企画は、実物大の複製画で再現された『ベートーヴェン・フリーズ』の壁画です。画集で知っていても、大きいので、さすがに迫力があります。『敵対する勢力』では、巨大な怪物(ゴリラ風)がとぐろを巻き、そこに様々な女性が描き込まれています。誘惑、肥満、孤独、病気、精神病、老いなどが描かれ、どの人物に共通して言えるのが、気味悪さです。人間の負の姿を見せつけるこの壁画は、クリムトから私達への巨大な「真実を映す鏡」なのかもしれません。『歓喜の歌』では、一転して、見事に調和した天国のような明るい絵が描かれています。これらの一連の壁画を見るだけでも、クリムト展に足を運ぶ価値があります。クリムトは、実生活では、父、弟、息子などの家族の死に何度も打ちのめされ、母親も精神病でした。人間の若さ、美しさ、健康などは一瞬で、常に死に向かって進んでいる、と常に感じていたのではないかと思います。だから、彼の作品には闇(死)がまとわりついていて、美しい作品であっても、どこか不安定さや儚さが伴うのです。
最後に、出口の外側にある、記念撮影用にも使われていた絵について紹介します。『女の三世代』という作品です。(上の写真)パッと見には、若いママと赤ちゃんの幸せそうな素敵な絵に見えます。グッズ売り場では、この部分だけが切り取られ、キーホルダーとして売られています。色使いが明るく可愛いです。ところが、絵の左側には、年老いた女性が嘆く様子が描かれています。(実際の絵は3分割され両側が暗い色調です。)死や絶望を感じさせる老婆の存在には、ゾッとします。幸せそうな2人の意味が、全く違って見えてくるのです。記念撮影用の絵の前には、長い列が出来ていて、多くの女性が次々と楽しそうに写真撮影をしていました。金色のロゴと黒のお洒落な枠の中で、絵の一部分となって笑顔を見せている女性の構図は、シュールに思えました。最後の記念撮影までクリムトらしさにこだわる、美術館側の狙い所に感心しながら、クリムト展をあとにしました。 ミント音楽教室
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