私は、市のホールのフルコン(フルコンサートグランドピアノ)の一般開放を時々利用している。
そこには、ヤマハとスタインウェイの二種類のフルコンが用意されているが、主にスタインウェイを選んで弾いている。
スタインウェイは弾きやすい。タッチの反応の速さが嬉しいし、何より響きが良い。
ほぼ、毎回利用しているので、スタッフの人にも顔を覚えられているようだ。
「あの人、また来た!」と思われているかもしれない。
そのように、定期的にフルコンを弾いていたのだが、タッチや音が全く変わってしまった時が一度だけあった。
その時のフルコンは、驚くほど反応が鈍く、音もあまり伸びなかった。鍵盤のタッチがいつもより硬い感じがする。
「なんか、いつものピアノと違う!」と思いながら弾いていたのだが、最後まで弾きづらさは変わらなかった。
腑に落ちない私は、担当のスタッフさんに声をかけた。
「スタインウェイ、新しく変えたんですか?以前に弾いた時と、タッチが全然違う気がするんですが。」
「全く同じものですよ。」
驚くことに、同じ楽器だったのだ。
2022年4月、コロナ禍の緊急事態宣言が発動された。それ以降、そのホールの全てのイベントは中止になっていた。
その年の秋の終わり頃、久しぶりのフルコンの一般開放があり、その時に音やタッチの違和感を感じたのだった。
コロナ禍の自粛期間は、私達の心を沈ませた。同様に、誰にも弾かれなかったフルコンも、冴えない音に変化していた。
ピアノは、同じ年数であっても、定期的に弾かれているものの方が状態が良い。
スタインウェイのフルコンは、いわば、ピアノ(楽器)界のスーパースターだ。スポットライトを浴びるのに慣れている。
私には、ステージでの華やかな活動が無くなったフルコンが、ちょっと落ち込んで拗ねている、そんな風に思えた。
※現在のフルコンは、すこぶる元気な状態だ。
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